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2007年 03月 31日

ザ・プレイヤーズ

ザ・プレイヤーズ

エディー・ベイヤーズ・Jr. (ドラムス)
ポール・フランクリン (スティール・ギター)
ジョン・ホブス (キーボード/ヴォーカル)
ブレント・メイソン (ギター/ヴォーカル)
マイケル・ローズ (ベース)

Nashville, Music City USAが世界に誇る5人のスーパー・スタジオ・ミュージシャンが一つのユニットになった。それがザ・プレイヤーズである。ナッシュヴィルにスタジオ・ミュージシャンの数は星の数ほどあれど、彼等ほどレコード会社、プロデューサー、アーティスト達から信頼されているスタジオ・ミュージシャンは存在しないといっても決して過言ではない。ザ・プレイヤーズのメンバー、一人一人が、それぞれの分野でトップ中のトップのプレーヤーと業界の誰もが認めるミュージシャン達なのである。その彼等がザ・プレイヤーズというユニットを作って5年になる。
5人のプロのスタジオ・ミュージシャンとして第一線で活躍してきた年数を足すと、延べ1世紀半近く、即ち150年近くにも及ぶ。そして、これまでに、彼等が関わったレコード、CD等の売上合計は、控えめに見ても7億枚、しかし実際には間違いなくそれ以上に及ぶであろうというのが、このナッシュヴィルの統計好きの人々によって弾き出されている数字。こんなミュージシャンのユニットは世界の何処を探しても、まず存在しないであろう。
このカントリー・ミュージックのメッカ、ナッシュヴィルということから、カントリー・アーティストとの係わり合いが多いのは勿論のことであるが、彼等のミュージシャン・シップを求めて世界各国からありとあらゆるジャンルのアーティストがやってくる。マーク・ノプラー、スティーヴ・ウィンウッド、ショーン・コルビン、スティング、ジョン・フォガティー、アラン・ジャクソン、ヴィンス・ギル、ラリー・カールトン、ボブ・シーガ―、エルトン・ジョン、ウィリー・ネルソン、アーロン・ネヴィル、アンクル・クラッカー、メガデス、リッキー・スキャッグス、アリソン・クラウス、バッド・カンパニー、ザ・ヘルキャスター、等々、枚挙にいとまがない。それにしても、驚くべき顔触れであると言わざるを得ない。
  
べーシスト、マイケル・ローズはAcademy of Country Musicの投票によって6回、”Bass Player of the Year”に選ばれている。ルイジアナ州のウェスト・モンロー出身の彼はC&W、R&B等々、ありとあらゆるルーツ音楽を聞きながら音楽にのめり込むようになって行く。ブルースの地メンフィス、そしてウィリー・ネルソン、ウェイロン・ジェニングスによるアウトロー・ムーヴメントの中心となったテキサス州のオースティンと移り歩き、最後にはロサンジェルスまで辿り着くが、そこには彼の音楽心の琴線に触れる音楽を見つけることが出来なかった。そしてやっと辿り着いたナッシュヴィルに安住の地を見つけたのだった。以来、ライブで演奏することに至福の喜びを感じる彼は、セッション・マンとして積極的に仕事をこなす他、ドリー・パートン、JJケール、スティーヴ・ウィンウッド、ショーン・コルビン、ロザンヌ・キャッシュ、ロドニー・クローウェル、エミルー・ハリス(ホット・バンド)、ラリー・カールトン、タミ―・ワイネット、マール・ハガード、ヴィンス・ギルといったアーティストのツアーに乞われれば意欲的に参加している。そして1990年には、あの世界的なファッション・デザイナーの山本耀司氏に招待され東京でのコンサートも成功させている。最近では、ラリー・カールトン氏のブルー・ノート・ツアーにも事情の許す限り参加している。
  
ギタリスト、ブレント・メイソンは、オハイオ州のヴァン・ワートで、ラジオから聞こえてくる、マール・ハガード、ロイ・ニコルス、パット・マルティーノ、ジョージ・ベンソン、ジェリー・リード達が織り成す音楽に限りなく惹かれて、何時の日にか彼等のようにギターを弾く事の夢を見ていく。高校を卒業した後、工具を作る会社で働いていたが、ギタリストの夢を捨て切れずナッシュヴィルにやってくる。20歳という若さにも拘らず、彼の演奏力にこの町の業界人は圧倒される。そして彼の名前が誰あろう『ギターの神様』と誰もが認めるチェット・アトキンス氏の耳に入る。偉大なる音楽プロデューサーでもあるチェット氏がその時プロデュースしていたジョージ・ベンソンのアルバムに参加するや、ブレント・メイソンの名前は、ナッシュヴィルの音楽人の誰もが知るところとなる。それ以来、彼のセッション・マンとしての活動は留まるところを知らない。
Country Music Association(グラミー賞を決めるNARASと同様に、カントリー界の栄誉を決める機関)の分野を超え毎年一人だけ選ばれる”Musician of the Year”の栄冠に輝くこと、2回。Academy of Country Musicの投票では”Guitarist of the Year”に11回も選ばれている。1997年に出したソロ・アルバム”Hot Wired”はその年のグラミー賞にもノミネートされている。そして3年前に、”Musicians Hall of Fame”が創立された時、最初に殿堂入りしたのはこのブレントであった。
アーロン・ネヴィル、ジョージ・ストレイト、アラン・ジャクソン、ニール・ダイアモンドといった超大物のレコーディングにも、彼の演奏は欠かすことの出来ない必要不可欠のものである。フェンダーと並ぶ世界一のギター・メーカー、ギブソン社によるヴァリー・アーツのブレントのシグネチュア・モデルは、ギブソン社がこれまでにレス・ポール、ジミー・ページ、アンガス・ヤング、ザック・ワイルド、トミー・アイオミにだけ与えたスペシャル・シグネチュア・モデルのとしての栄誉を冠し、世に出されている。

大学生時代にラリー・カールトンといつもジャムをしていたジョン・ホブスは、ケニ―・ロジャースのバンド、『The First Edition』のメンバーになれる機会を与えられた時躊躇せずに受け入れ、それ以来ミュージシャンとしての生活を二度と疑うことがなかった。キーボード・プレイヤーとしての彼の経歴は多彩で、長年のL.A.住まいということもあって、B.B.キング、ライオネル・リッチー、オリヴィア・ニュートン・ジョン等々、他のザ・プレイヤーズのメンバーと少し違ったキャリアを持つが、勿論、タニヤ・タッカ―、マール・ハガードといったカントリー界のアーティストにも重宝されている。クリント・イーストウッド監督主演の映画”Every Which Way But Loose”のテーマ・ミュージックは彼の手によるものである。
ロンドンのアビ―・ロード・スタジオでロイヤル・フィルハーモニックがビーチ・ボーイズのトリビュートを録音した時、ジョンは参加したただ1人のアメリカ人であった。Academy of Country Music”のKeyboardist of the Year”を7回受賞。”Producer of the Year”の栄冠も、ACMそしてCMAの両方から2回づつ与えられている。
10年近く前にナッシュヴィルに移ってきてからも、レイ・チャールス、ウィリー・ネルソン、キース・アーバン、マイケル・ネスミス、ザ・ヘルキャスターズ、バッド・カンパニー、ジョージ・ストレート、NRBQ,アル・アンダーセン、パット・グリーン、ケブ・モー、アルバート・リーといった実に多彩なアーティスト達と関っていく。
今年2007年のグラミー賞で、ヴィンス・ギルが、彼自身とジョンの二人でコ・プロデュースした意欲的な4枚組みCD(総て新曲)からのシングル”The Reason Why”が”Best Male Country Vocal Performance”を受賞する。そのヴィンス・ギル、ロドニー・クローウェル、そして、ザ・プレイヤーズのバンド仲間のマイケル・ローズ、エディー・ベイヤーズ、ジョンと共に3年前に組まれたバンド”Notorious Cherry Bombs”は 2部門でグラミー賞にノミネートされる。作曲家としても、名声を博しており、2回に渡って”BMI(日本のJASRACに相当する) Most Performed Song Award” を受賞する。

ミシガン州デトロイト、というスティール・ギターともっとも関係がないと思われる町で育ったポール・フランクリンは、16歳の時ザ・ギャラリーズの100万枚以上売った大ヒット”It’s So Nice To Be With You”で演奏したことにより、その演奏力の素晴らしさが一挙にナッシュヴィルで注目され、引越して来るように薦められる。その後、彼がナッシュヴィルでは、スティール・ギタリストと言えば、ポール・フランクリンとまでいわれる名声を獲得するまでにそれ程の時間は掛からなかった。“スティール・ギターといえばカントリー”という概念を根本から覆し、カントリー・ロックだけでなく幅広くロック界のアーティストにまで受け入れられたスティール・ギタリストのは、このポールが初めてである。英国のロック・グループ、ダイア―・ストレートのリーダー、マーク・ノプラ―が彼の演奏力を必要とし、そして彼にスティ―ル・ギターの弾き方を教えて欲しいがために、9ヶ月間のツアーで、125万ドルという大金をオファーして雇い入れたという事実は未だ当地の語り草になっている。ダイヤ―・ストレートとツアー中に、スティール・ギターとドブロ・ギターの組み合わせたハイブリッドの楽器『ペダルブロ』を考案したこともよく知られた話である。
米国の”Guitar Player”誌の読者投票では、スティング、ケニ―・チェスニー、マガデス、エリック・クラプトン、バーバラ・ストレイサンド等々との功績が認められて、毎年のように””Best Pedal Steel and Best Lap Steel Player”に選ばれ、後輩に機会を与えるために彼を特別扱いにせざるを得なくなり、『殿堂入り』ということになったのは彼が初めてであった。Musicians Hall of Fameへの殿堂入りも果たしている。90年代そして2000年代の初めまで、CMAの”Musician of the Year”に毎年のようにノミネートされ続け1回受賞、ACMでも、Steel Player of the Year”を6回受賞する。
  
エディー・ベイヤーズが、米国の”Modern Drummer”誌の読者投票で、5年連続してトップの位置を獲得した時、同誌は彼のために『殿堂入り』というカテゴリーを作らなければならなかった。そして同誌が、『歴代の10大セッション・ドラマー』を選んだ時、ジーン・クルーパ、ジンジャー・ベイカー、アート・ブレイキーといった錚々たる面々の中に、エディー・ベイヤーズの名前を見つけることができる。そしてAcademy of Country Musicの歴史上未だかってどの分野のミュージシャンの誰もなしえなかった、13回という偉大なる受賞回数をエディーは難なく達成する。説明書には『もうエディー・ベイヤーズには投票しないで下さい』と明記してあるにも拘らず未だに彼の名を書く人の後は絶たない。
USエアー・フォースに在籍した父親に連れられて世界各地を転々としたエディーは、子供の頃から種々多様な音楽に接して行く。5歳の時から続けてきたクラシカル・ピアノ・レッスンは、大学での彼の音楽教育に結び付いていく。サン・フランシスコのベイ・アリアで音楽を専攻していたエディーは、ジェリー・ガルシアや、クリーデンス・クリアーウォター・リヴァイヴァルのジョンとトム・フォガ―ティーと親交を深め、ファンタジー・レコードで、ピアニストとしてプロ・ミュージシャンの道を歩み始める。友人の薦めによってナッシュヴィルに移って来た時には、ピアニストとしてクラブで働いたり、セッションをして活躍していたが、26歳の時突然ドラマーとして、目覚める。そして今は、ナッシュヴィルが世界に誇るミュージシャンとして活躍中である。26歳という年になってピアニストからドラマーに転向、というこれ程ユニークな経歴を持ったミュージシャンはまず存在しないのではなかろうか。

そのピアニストとして訓練を受けたエディー・ベイヤーズの、他のドラマーにはまず見られない感性とリズム感。それに、メロディアス、且つ強烈な響きを持って迫るマイケル・ローズのベース。このタイトな二人のリズム・セクションに、纏わる様に絡んで色合いを付ける、ポール・フランクリンのスティール・ギター。ある時には、重低音から高温までの息衝きを音楽に与えるハモンド、・オルガンとレスリーのスピーカー、またある時は撥ねるようなメロディーとリズムで曲に生命そのものを吹き込むようなピアノ、その両方を駆使するジョン・ホブス。その音の重なりに次ぐ重なりの中を突き破るように奏でられ、またある時は、咽び泣くように絡んでくるブレント・メイソンのギター。その限りなく究極に近いミュージシャンシップを持ったグループ。それが、ナッシュヴィルが世界に誇る5人のスーパー・スタジオ・ミュージシャンの集合体、ザ・プレイヤーズである。

<From ‘Casey’ in Nashville>

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by Blues_n_Boogie | 2007-03-31 00:00 | music
2007年 03月 20日

また食べ物ですが・・

しつこく、またこの話。

まだここで述べていなかったものでパッと浮かぶ、「出されたら、あるいはもらったら、タンジュンに嬉しいもの」を、思いつくままに・・
(別に催促しているわけじゃありませんが..)

●せんべい
  典型的な、カタ~い草加せんべい風が好きです。“バキ喰い”すると、ちょっとしたストレス解消にも!しかし、それで太ったことあり。要注意品目でもあります。

●カレーライス
  以前書いたインドカレーでなくても、日本のカレーももちろん大好き(全然別物です)。
  完璧に、辛口嗜好です。

●ラーメン
  しょっぱすぎず、ダシはしっかり、麺は硬く!であればどんな種類でもOK

・・・などとやっていたらやっぱりキリがないっ!
と言いつつ、また思いついたら。。
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by Blues_n_Boogie | 2007-03-20 16:47 | 一般
2007年 03月 03日

再び、食べ物。。

「お好み焼」「たこ焼」!外せません☆
ここ数年、大阪に行くようになってから特に意識するようになりました。たこ焼やお好み焼があると、とにかく楽しい気分になります。だし汁をつけてたべる「明石焼」も最高だし、あと、お好み焼では、広島焼もいいですね~。
今度大阪へ行く時、何とか時間をやりくりして食べに行ければ・・と目論んでいますが、さて、叶うかな?

ところで、近隣のハナシになりますが、常に忘れられないレストランとして、イタリアンのカミーノというお店があります(横浜市都筑区)。“マイ・ランキング”中、イタリアンではダントツのトップ。全てに細やかな気配りが息づいていて、何度行っても(とはいえ、たまにしか行かれずにいるのですが..)、味わうということを通して、“こだわり抜いた末の、優しさ・丁寧さ”というものを体感できます。
ただ、惜しむらくは、場所が大通りから少し外れていることもあり、なかなか多くの人達に知られずにいること。数え切れないほどあるイタリアン・レストランですが、デカさ、ハデさだけの店にダマされることなかれ!たとえ目立たなくとも、日々人々に感動を与え続けるこんな素晴らしいお店があることを是非皆さんに知ってもらいたいと思います。(何であれ、「ホンモノ」ほど誇大な自己宣伝はしないものですが、このお店はもっともっと皆に宣伝されてほしいものです。)
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by Blues_n_Boogie | 2007-03-03 03:38 | 一般